ソフトウェア開発費の見積り、プロジェクトマネジメント、
発注者と受注者の間の合意形成等に参考となる情報を不定期に掲載していきます。
不確実性と向き合う見積り 第6回
進みながら判断を更新する
2026.09.24
著者:
Scrum Inc. Japan 山本 尊人
限られた予算と時間の中では、どれくらいかかりそうかと期待する価値を合わせて考え、どこに投資し、何から届けるかを選択します。しかし、その判断も一度決めれば終わりではありません。
開発が進めば、実際にどれくらいのペースで進んでいるのか、残りの仕事はどれくらいあるのか、期待していた価値は得られそうなのかといった新しい情報が得られます。計画どおりかを確認するだけでなく、現在の状況からこれからの見通しを捉え、新しく得られた情報をもとに、残された予算と時間の使い方を判断していきます。
■実績と残りから、着地の見通しを更新する
開発を進めながら次の判断をしていくためには、現在の状況を把握する必要があります。バーンダウンチャートは、残っている仕事の量が時間とともにどう変化しているかを確認するための道具です。残っている仕事とこれまでの実績を組み合わせることで、今のペースならどこに着地しそうかという見通しを持つことができます。
台風の予報円を思い浮かべると分かりやすいでしょう。未来には不確実性があることを前提に、その時点で得られている情報から、この先どうなりそうかを予測します。そして、新しい観測データが得られるたびに予報は更新されます。開発も同じです。新しい実績や情報が得られるたびに、いつまでに何ができそうかという見通しを更新していきます。

【図:バーンダウンチャートによる残作業と着地見通しの可視化】
当初の計画から遅れているかどうかを確認するだけでなく、更新した見通しを次の判断につなげます。
今のままでは予定していたすべてを実施できないと分かったなら、計画に追いつく方法だけでなく、この先、何を続け、何を変え、何をやめるのかを考えます。
■「遅れているから急ぐ」以外の選択肢を持つ
開発を取り巻く状況が変われば、当初の計画そのものが現在も最善とは限りません。残された期間ですべてを実施することが難しいなら、優先順位の低いものをやめることもできます。期待した価値が得られそうにないなら、作るものや実現方法を変えることもできます。逆に、新しく大きな価値が見つかったなら、当初予定していなかったものに投資するという判断もあり得ます。
不確実性の高い状況では、選択肢は予定どおり進めるか、遅れるかの二つではありません。続ける、変える、やめるという選択肢から、その時点で得られている情報をもとに、残りの投資の使い方を判断します。
■判断を更新できる関係をつくる
こうした判断は、開発チームだけで完結するものではありません。スコープを変更する、優先順位を変える、ある仕事をやめるといった判断には、投資する側が持つ事業や利用者についての情報と、開発する側が持つ技術や開発についての情報の両方が必要です。
だからこそ、投資する側が要求を決め、開発する側がそのとおりに作るだけの関係ではなく、双方が現在の状況を共有しながら、残された予算と時間を次にどこへ使うのかを一緒に考えます。
また、現在の状況や見通しを定期的に共有し、必要に応じて判断を見直す機会を設けておきます。そのためには、第2回で見たように、判断を実際の変更につなげられる余地を、発注や契約の段階から残しておく必要があります。
■分からないからこそ、学びながら進む
第1回の「結局、いくらかかるのですか」という問いに、最初から正確な数字で答えることはできません。それでも、いま何がどこまで分かっていて、残りをどう使おうとしているのかは、その時点の情報から答えられます。数字を差し出して終わりではなく、双方がその見通しを一緒に見る。それが、ここまで見てきた状態です。
この連載では、最初に正確な見積りを出すにはどうすればよいかではなく、そもそも不確実な仕事において、見積りをどう使えばよいのかを考えてきました。
不確実性の高い仕事では、どれだけ時間をかけても、最初から未来のすべてを知ることはできません。だからといって、計画や見積りが不要になるわけでもありません。その時点で分かっていることから予測し、実行し、結果を観察する。そして、分かったことを使って予測や優先順位を更新し、次の一歩を選びます。
分からないことを認めたうえで、小さく進み、そこから学び、選び直していく。それが、不確実性の高い状況にアジャイルに向き合うということです。
見積りも、そのための道具の一つです。未来を約束するための正解の数字ではなく、いま何が分かっていて、何が分かっていないのかを共有し、次に何をするのかを対話するための材料として使います。
見積りのゴールは、未来を当てることではありません。変化する状況の中で、よりよい判断を続けられることなのです。
※このコラムは今回が最終回です。本コラムへのご意見・ご感想はこちらへお願いいたします。
大手SIerにおけるシステム開発の経験を経て、現在はScrum Inc. Japanで、企業や組織のアジャイル開発・組織変革を支援。スクラムの導入・実践、プロダクト開発、組織づくりに関するコーチングや研修、人材育成に携わる。企業支援と大学教育の双方を通じて、複雑で変化の大きい環境におけるプロダクト開発とマネジメントのあり方を伝えている。関西学院大学、山梨大学非常勤講師。